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氷見をアートするヒミングのてんてこまいな毎日を綴るブログです。
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山田創平/2013ヱヤサーアーティストファイル

 山田創平(やまだ そうへい)



プロフィール

1974年群馬県生まれ。京都精華大学専任講師。京都産業大学、京都造形芸術大学非常勤講師。名古屋大学大学院修了。文学博士。専門は地域研究(地域とマイノリティ、地域とHIV感染対策、地域と芸術)。厚生労働省所管の研究機関や民間のシンクタンク勤務を経て現職。著書に『ジェンダーと「自由」−理論、リベラリズム、クイア』(共著、2013)、『ミルフイユ05−技と術』(共著、2013)、『ミルフイユ04−今日のつくり方』(共著、2012)などがある。」



リサーチ、講演、パフォーマンスに向けて

水の文化・近代・そして芸術について

芸術的活動が社会や歴史から切り離され、芸術作品が個人の内面や個人の想像力の発露であると見なされるようになるのは主に近代以降のことである。その「個人」は作品に署名をし、その「個人」の内面や想像力が他者とは全く異なると主張する。しかしそのような個人的な表現を芸術的営為であるとする理解は90年代以降徐々に崩壊し、現在、芸術的表現はむしろ社会や歴史と無関係ではあり得ず、芸術によって歴史が表象され、芸術によって社会が変革される可能性が見据えられている。その際に問題となるのは芸術的営為が、社会や歴史という抽象度の高い形而上学的な諸概念と、どのように関係を切り結んでゆくのかということである。その一つの試みが人文諸学(歴史学、哲学、地理学、社会学といった学問)と作品制作の協働である。

この動向は近年英国をはじめとした欧州で盛んだが、日本国内ではほとんど実例がない。現代美術作家のブブ・ド・ラ・マドレーヌと地域研究者の私が展開するプロジェクト「水図」はその実践的な試みの一つである。

私たちは2010年に活動の趣旨を次のように表明した。


 海の路には古来、海を生活の基盤とし、ある時は海に潜って海産物をとり、ある時は遠い海のかなたまで船を仕立てて向かってゆく人々がいました。その人々にとって海は、生活の場であるとともに、死後の魂が向かう神聖な場でもありました。死にゆく魂は海蛇に導かれ、ある時は海蛇自身となり、鮮やかな鱗をきらめかせて深い「常世」へと向かいます。

 死は常にそこにあり、死者の魂もそこにありました。

 人と人の間にも、人と自然の間にも、生と死の間にも、神と人の間にも、常に水が満ち、水がそれらをつなぎ、受け止めました。どのような時も、死に臨む時も、水は私たちをやさしく包み、受け止めてくれるのです。

 水はまた、人間の体にも流れています。

 私たちは、人間の体は大地に似ていると感じていました。自分の体の湿った部分や、涙や血液などの体液を、自分の感情のじめじめした部分を、そして性や病や老いや死を、恥ずかしいものや穢らわしいもの、人に見せてはいけないものと感じるようになったのは、いつ頃からでしょうか。

 「水っぽいもの」を排除することが良いことだという近代の価値観は、その結果として人々から生き物としての生命力を奪ってきたような気がしてなりません。

 水の世界を、もう一度よみがえらせたい。そこで私たちは、「水図(Water map)」を描くことにしました。それは、時には大きな船でワイワイと、時には小さな筏を櫂で漕ぎ、時にはたった独りの素潜りで、「水の未来の物語」を紡ぐ旅です。


「水図」とは「地図」のオルタナティブである。かつて帝国主義は版図獲得競争と言われた。版図とは戸籍と地図であり、近代社会は土地や人々の水平的な拡大や獲得によって成立した。しかしその近代社会も完全な行き詰まりをみせている。この日本列島弧においても毎年数万人の人々が自殺し、格差が拡大し、マイノリティや弱者に対する差別や偏見が社会を覆い尽くそうとしている。「水図」は「地図」の時代のその先を構想する。水は流動し、定形を取らず、常にそのありようを変えるため、一カ所にとどまり、誰かに所有されることはない。その開かれた有り様は近代社会を脱構築する重要なイメージだ。そして学問的には、そのような水のイメージは単なる想像の産物ではなく、日本列島弧の海洋民の文化に、数千年にもわたって深く根ざしていた事が明らかだ。記紀や豊後国風土記に現れる水辺の人々や「海部」という呼称は、様々な来歴や系譜を持つ海洋民が、5世紀以降中央政権によって部民(被支配層)とされたことをあらわしている。

日本列島弧の歴史を巨視的に見渡す時、そこには海洋的な文化から陸的な文化への覇権の変遷が見える。近代の閉塞はその先に現れる。しかし水の文化は決して死に絶えてはいない。ほとんど顧みられることのない地域の様々な場所や局面に、その名残を見ることができる。そのような視点に立つとき、黒潮をはじめとした諸海流や瀬戸内海などの内海、近海、沿岸、そして大陸や沿海州、朝鮮半島との海洋交流の重要性がとりわけ際立つ。「水図」は以上に観点に立ち、芸術と学問の協働を試みつつ、近代社会を相対化し、新しい社会観や人間観を模索すべく、環太平洋や日本列島弧の海の文化をたどり制作を行う。

 「地図」の時代は悲劇的な結末を迎えつつある。差別や貧困が社会を覆い、人間関係やしがらみが固定し、人々が土地や財産に縛られるこの時代はじきに行き詰まる。水は流動し常にそのありようを変え、所有されない。そのありかたは「今」を考える出発点だ。水の世界は海洋文化の数千年の連なりを経て今も密かに私たちの周りに息づく。水の世界を再発見したい。「水図」は世界を遠く海底から見上げ、あたらしい人々のありようを模索する一連のプロジェクトである。(以上)

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8月8日 阿尾の番屋スケジュール
17:00:山田創平による氷見調査内容のプレゼンと質疑応答
18:30:パフォーマンス「水を飲む」(約40分間)
19:30:座談会

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公演名:水を飲む performance 水図_2013

パフォーマンス:宮階真紀(カウパー団)/u-ta/ブブ・ド・ラ・マドレーヌ
コンセプトデザイン:山田創平
サウンドデザイン:山中透
映像:松浦莞二/河原功也
衣装:梅原彩香
制作協力:雨森信/NPO法人BEPPU PROJECT/京都造形芸術大学芸術表現・アートプロ
デュース学科/京都精華大学山田創平研究室



会場はこちら↓


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